will。


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 意志を英語でwillといったりする。名詞の話だ。これにちょいと助けが加われば、助動詞として「推測」の意味を有し、現在形に分類される。
 さて、このwill最大の謎は、意志が脳から発生していないという事実につきる。つまり、軀は自分の意志なんかでは動いていないということになる。意志遠きところに、軀を。そうすればそうするほど、なぜか心が澄むようにできているらしい。
 いかに軀が形容詞的か。
 意志なき軀の生成過程には耳を澄ませたほうがよい。月を視る我が身の変化がまた美しく、花を視るこの軀もまたはかなき故に、主語はない。VP内主語、つまりは動詞句内主語仮設に近き軀が花を手折れば、己もまた手折られ、人を斬れば、この身も同時に斬られるのだ。
 躾。
 身さえ美しければよしとする際の軀は等しくナル(成る)的身体であり、アル(在る)的身体の居つきを厭がる。つまりは刺激があって反応する物体ではなく、絶ゆむことなく出逢いをくりかえしては移ろう氣体こそが、軀であるべきと視たのである。