宇宙、裡ニアリ。


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三木成夫先生が、残念ながら胎児にして亡くなられた子供たちの心臓を調べていったとき、なにかの異常で心臓が魚の心臓のままであったパタンと、両生類のそれであったパタン、さらには爬虫類のそれであったパタンがあったという。つまり、心臓もまた生物の進化の課程を歩んで今のかたちになったということになる。心臓はよく血管だけが注目されるが、蛇と人の心臓ではそこに通う神経の数がまったく異なる。無神経な蛇の心臓に対し、人のそれは無数で、そのために惚れた女をまえにすると、心拍数があがるのである。兎にも角にも、このように考えると、内臓に魚の記憶があり、肉に両生類の面影があり、顔に爬虫類の香りがあってもよいのだ。

裡二宇宙アリ。

とはまさにこのようなことであろう。心にトビウオが跳ね、魂にシロサギが飛翔し、軀で原始生物が哲学していても、なんら不可思議ではない。In nutshell、外にあるものはすべからく裡にあるのだ。逆に申し上げれば、外は裡の投射に過ぎないという鏡の法則になる。生命とはカテゴライズ(範疇化)してはならないのかもしれない。一即多、多即一。私もまたオオイヌノフグウナギである。