しと死と進化。


photo 20160729 heisei project

死なくして、進化なし。

このような視点は古から平成が終わろうとする今日にいたるまで時折、云われてきたことである。死の前後における進化。創造まえの毀れとは或る星が爆発し、その遺物となった炭素が宇宙を漂ったあげくに地球としてかたまったというような物語に代表される。

今宵、テーマにしたいのは右のような死後の進化ではなく、毀れるまえの進みになる。過日、死傷者がでたにもかかわらず、命を賭した仕事をこれまで通りやり続ける確認をされた方々とご縁を頂戴した。命を賭すなる言の葉にはいささか耳にタコができているものの、その確認ともなると突如、その背景がたしかになる。人は眼前に死がありながら、それを視ることができないが故に、なかなかホモ=サピエンスから卒業できないでいる。鍵となるのは、この確認なる編集なのかもしれない。

或る種の死からの生還。ここを起点として人なる種からの脱獄に着手したとしても、よほどの未知が花ひらかぬかぎり、多数決の問題で適者生存の法則に潰されてしまうであろう。進化種はいつだって、マイノリティーなのだ。

種と進化のインターフェイスには方法死が絡む。三脳生物程度の進化にこの星が甘んじているのは、絶望深き進化種の欠如であり、それは地球の美をも同時に意味する。ホモ=サピエンス逸脱の序曲には、絶滅を賭し賭されたビブラートが奏でられるに相違ないのだ。