『本命殺への旅』


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   はるか昔、人生といえば移ろいが当たり前で、旅という言の葉すらなかった。ところが狩猟や遊牧を放棄し、定住を選んだあたりから、人は方位なるものを統計学的に氣にするようになる。己を中心にしてあちらの山はよかったけど、こちらの湖にいったら通りがかりのネッシーに仲間が喰われたといった具合に、人は無意識に時期と方角の統計データを共有しはじめるに至る。それが時を経て易という枠組のなかに編集され、人はあらかじめ時期と方角から命の運びを読むようになっていく。なかでも本命殺というのは一般的に悪しき方位のひとつ、特に己が原因で失敗を招くといった避けるべきものとして組み込まれている。過去に本命殺に突っ込んでいって、己の過ちを悔いた者が星の数ほどいたということであろう。

   私がそんな本命殺への旅に誘われたのは、同じく三碧木星の書家高天麗舟の「本命殺には諸説あって、データとりたいから五分五分だけどハンガリー行く?」という無責任極まりない発言に惹かれたからに過ぎない。しかも『大歳』なるものがはいって、よくも悪くも効果は三倍になるという。西の象意のひとつには金が絡む。つまり今後の金運を賭けたレート高き博打をしようぜと私には訊こえたのである。

   地球は高速に自転しており、加えてその速度は一定ではない。そのような氣まぐれ回転体のうえで方角を視て動くというのもまた、回転法のひとつに数えられるであろう。出すのは入るはじまり、入るのは出すはじまり。行くのも来るはじまり、来るのも行くはじまり。ブダペストの出店でもとめた私のカラフルな財布のなかには、今も二千ポリント紙幣が微笑している。